ブラスは考えていた。

 

大会での成績の事も気に入らなかったが、それよりも作った武器の効果の事だ。

威力に関してはブラスが想像していた以上のものができた。しかし、あの切断面はブラスも予想外だった。

 

そんなことを作業場の奥で考えていると入り口のほうに人の気配を感じた。

「ごめんくださーい。どなたかいませんか」

 

ブラスがその声に反応して作業場の入り口に向かうと、一人の女性が立っていた。

「いらっしゃいませ。どの様なご用件でしょうか」

ブラスはお客様用の笑顔で対応する。

鍛冶屋の間では避けられているブラスだが、意外なことに客にはそこそこ人気があった。

「隣の鍛冶屋さんで伺ったのですが、こちらの方はとても腕が良いと聞いたので包丁を一振りお願いしようと思いまして。」

女性は鍛冶場が珍しいのかキョロキョロと見回しながらブラスに要件を伝えた。

『隣か・・・セルジュの奴余計な事しやがって』

ブラスの頭にはセルジュが満面の笑みで女性を案内している姿がありありと思い浮かんだ。

「どの様な包丁が良いでしょうか。装飾が立派な物が良いでしょうか」

隣の鍛冶屋からの紹介と聞いて笑顔が崩れそうになるのを堪えながら女性の要望を聞く。

「そうですね。装飾よりも切れ味が良い物をお願いします。最近うちで使っている包丁の切れ味が落ちてしまって料理中にイライラしてしまって楽しくできないんですよね。」

ブラスは女性の希望を注文書に書くと、署名をしてもらった。

「では二週間後くらいにまたこちらにおいでください」

そう言ってブラスが頭を下げると

「ではよろしくお願いします。」

女性は深々と頭をブラスに対して頭を下げ、鍛冶場をあとにした。

『さてと・・・』

ブラスが鍛冶場の奥へ向かいつつ笑顔を元に戻そうとした時また鍛冶場の入り口に人の気配を感じたので表情を崩さずに

「いらっしゃいませ。どの様なごよ・・・なんだお前か・・・」

入り口に立っていたのはセルジュだった。

「なんだとはひどいなあ。あぁぁ、いい笑顔だったのにそのまま話してよ。」

ブラスは相手がセルジュだと解ったとたんにいつもの仏頂面に戻った。

「そうやって話してればみんなも怖がらないのに」

セルジュは残念そうな顔をしながら言った。

「そんな事より何の用事だ」

ブラスはセルジュにいわれた事を意に関せずぶっきらぼうに聞いた。

「そうそう。さっき女の人に鍛冶屋を紹介して欲しいっていわれたからここを勧めたんだけどどんな用事だったか気になって」

セルジュは鍛冶場を先程の女性と同様にキョロキョロと見回しながら言った。

お前は鍛冶場なんて珍しくもないだろうと思いながら

「ああ、そんな余計な気を使わなくてもこっちにも仕事はくるんだ。包丁が欲しいらしい。そんなに気になるなら自分で仕事を受ければいいだろう」

ブラスはため息交じりにセルジュに言った。

「僕も受けたいのはやまやまだけど、忙しくて無理なんだよ。包丁かー。ブラスがどんな物を打つかいまから楽しみだよ。じゃぁまた来るねー」

そう言い残すとセルジュは帰っていった。

そうなのだ。大会の後セルジュの所はひっきりなしに客が来ているようで実際全部の仕事を受けるのは無理な様子だった。

ブラスもいい成績を収めたとはいえ、やはり皆一番のものが欲しい様でセルジュの所に比べるとブラスの所に訪れる客は少なかった。

鍛冶屋には武器だけでなく今回の様に一般の刃物の注文もまいこんでくる。ここでいい仕事をすれば自然と名前はうれていくはずだ。

 

ブラスはさっそく包丁の材料をどうするか考えを巡らせる。

この時間がブラスはとても好きで本人は気付いていないが自然と新しいおもちゃを与えてもらった少年のような表情になる。

 

『料理に使う切れ味の良い包丁か・・・よし・・・』

 

ブラスは鍛冶場に置いてあった財布を握りしめると外へでかけていった。

 

しばらく歩いてブラスがついた場所はシューミッツでも評判の料理店だった。

相変わらず繁盛していて店の前には行列ができていた。

しかし、ブラスもこの店は好きで並んででも食事を取ることがしばしばあった。

 

一時間以上待ったであろうか、やっと席に案内されいすに座った。

店の中は華美な装飾はない物の、隅々まで掃除が行き渡っていて非常に居心地のいい空間になっていた。客も大勢いて、あちらこちらから良い香りが漂ってきて食欲をそそられる。

メニューを開くと写真と共に数々の料理がならんでいる。ブラスはその中からいくつかの料理を注文した。

 

しばらくして運ばれてきた料理はどれをとっても満足のいく物でブラスの口に新しい楽しみを運んでくれる。

ブラスは一通り食べ終わるとウェイターを呼び止めて料理長を呼んでほしいことを伝えた。

ウェイターはそれを聞いて奥の厨房に消えていった。

 

変わりに出てきたのは背の高いコック帽に白いあごひげ、食べるのが好きであろう事を伺える恰幅の良い男性が出てきた。

「おお、ブラスじゃねぇか。今日はどうした。」

料理長は親しげにブラスに話しかけた。

「今度包丁を打つ事になったんで、いつもおいしい料理を出す店にくればなにかヒントが得られるんじゃないかと思って」

そうブラスが言うと、料理長は顔全体に喜びを浮かべた。

「そういってもらえるとは有り難いねぇ。料理人冥利に尽きるってもんだ。じゃぁちょっとだけ教えてやるかな。包丁の切れ味が落ちないように手入れするのはもちろんだが、それだけじゃ宝の持ち腐れってものだ。」

刃物は切れ味が一番だろうと考えているブラスは困惑の表情を浮かべた。

その顔を見て料理長はニヤリとすると話を続ける。

「最近の若い者はその辺がわかっちゃいない。重要なのは素材に切られた事を気付かせないようにするんだ。それができなきゃどれだけ新鮮な物を使ったところで素材が【死んでしまう】んだ。まぁ、これは一朝一夕ではできるもんじゃないがね。」

言い終えたところで料理長はほかの料理人に呼ばれて厨房に戻っていった。

ブラスは会計を済ますと鍛冶場に戻り椅子に体を預けると天井を見上げながら料理長の言葉を思い出す。

『気づかせないか・・・確かに素人には難しいな・・・』

考えている間にブラスはウトウトと眠ってしまった。

 

30分くらいで目を覚ましたブラスはいつの間にか自分が眠ってしまっていたことに気が付いた。

『いつのまに俺は眠っていたんだ・・・いつのまに・・・そうか』

 

ブラスは立ち上がると包丁の材料を収めている棚から集め始める。

『まずはグランドドラゴンの岩を切り裂いても鋭さの落ちない爪と、あとはこれか』

ブラスは一束の草を握りしめると作業にとりかかった。

 

二週間後、ブラスの元に注文をした女性がやってきた。

「こんにちは〜。受け取りに伺いました。」

女性の笑顔に答えるようにブラスも笑顔で応対する。

「いらっしゃいませ。これはちょうどいいところにいらっしゃいました。これから試し切りをする所なのでせっかくですから実際に使ってみてください。」

そう言って女性に包丁を渡すとブラスはカウンターの上に一つの石を置いた。

食材を出すと思っていた女性はどうしていいかわからず固まってしまっている。

「お気になさらずにこの石に包丁を入れてみてください」

ブラスは女性に勧めた。

ブラスに勧められたので女性は包丁を傷めないようにゆっくりと石に包丁を当てるとその重みに任せるように下にむかって動かした。

石はきれいに二つに分かれてゴトリと倒れた。

女性の驚く顔をみて自分の仕事がうまくいっていることを確信したブラスは満面の笑みで女性から包丁を受け取ると丁寧に梱包し女性に渡すと出口まで見送った。

ちょうど入れ替わりでセルジュがみせにやってきた。

セルジュはチラリとカウンターに転がっている石を見て

「いい物が出来たみたいだね。さすがブラスはすごいや。」

そういってブラスに笑顔を見せると切断された石を手に取った。

ブラスは素っ気なく、「まぁな」と返事をしたが、内心はまんざらでもなかった。

それを悟られまいとすぐに切り返す。

「ところで何の用事だ」

石の切断面をじーっとみていたセルジュはブラスの声にハッとして答える。

「いやぁ、元はといえば僕の所に依頼がきたものだから気になっちゃって。半分は純粋にブラスの作品が見たくて来たんだけど。一足遅かったようだね」

セルジュは心底残念そうにしている。

「まぁ、そのうちわざわざここに来なくても世界中で俺の作品が見られるようになるだろうけどな。」

ブラスは冗談混じりにいったが、本気でそれをめざしていた。

「ブラスの作品ならすぐにそうなるだろうね」

セルジュはそう言い残すとそろそろ帰るねといって手をこちらに振ると鍛冶場から出て行った。

 

包丁を女性に売ってから一週間ほどした頃、その女性が鍛冶場を訪れた。

その手には売った時と同様に包丁を丁寧に包んだ物があった。

ブラスが作った包丁は、切れ味が落ちることはほとんど無く、たとえ地面に落としたとしても地面が切れることはあっても刃が欠けるとは考えられなかった。

ブラスは笑顔で女性に尋ねた。

「いかがなさいましたか。なにか不具合でもありましたでしょうか」

女性は申し訳なさそうに話し始める。

「その、売っていただいた包丁は切れ味抜群でとても良かったのですが、切れ味がよすぎて余って自分の手を何回か切ってしまって自分には扱いきれないかなと。それと・・・」

よほど言いづらい事なのか女性はそこで止まってしまった。

「切れ味を良くしすぎるのも考え物ですね。気になる点があれば何でもおっしゃってください今後の参考にもなりますので。」

ブラスはできるだけ優しく応対する。

「そうですか。ではお話しします。初めて手を切った時に直ぐに眠くなってしまったのです。その時は疲れていたのもあって手を切ったのもそのせいだと思ったのですが・・・二回目にちょっと深く切ってしまったときは気絶するように眠ってしまって。それ以来この包丁を使うのは控えているのです」

「それは申し訳ありませんでした。では、代金は全額返金致します。」
そう言ってブラスは深々と頭を下げ、返金すると包丁を受け取った。

女性はブラスに頭を下げると店を出て行った。

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