ここはレルイット。緑豊かな丘の上にある小さな村。
春になると花が咲き乱れ、村人はその花で家を飾り、今は春の祭りに向けて準備を進めている。
そんなのどかな村の中にエレクの家があった。
エレクの家は先祖代々続く鍛冶屋の家系で、父親は時々国王から剣の注文を受けるくらい名の売れた鍛冶師だ。
エレクは最近やっと父親に剣を鍛える許可を受け、父親の手伝いだけではなく自分の銘の入った剣をいくつか打つようになっていた。
その中でも出来の良い一振りを今日は店に並べてもいいと許されたので、朝から遠足に行く前の子供の用にそわそわとしていた。
「それじゃあ、いってきます。」
といって扉を開けると両親が
「いってらっしゃい」
といつものように優しく声をかけてくれる。
すぐあとに
「期待しないで待っているからな」
と父親が皮肉交じりに付け加えた。
その言葉に多少ムッとして振り返ると両親が優しい顔で手を振っていたので、その顔を見たら怒りも忘れ、手を振って再び歩き始めた。
途中何人かの人と挨拶を交わしたが、そのときのエレクの表情はさぞ緩んでいただろう。
剣を売っている大きな街はエレクの住んでいる村から
一時間程歩いた場所にあった。
その道のりは重たい剣を背負って歩くには少々骨が折れたが、今日に限っては足取りも軽く、空も普段より青く澄んで見えた。
エレクは歩きながら昔のことを思い出していた。
小さい頃は勇者にあこがれ、剣を持ち出しては剣術の真似事をし、泥だらけになって家に帰るたびにひどく叱られた。
そんな日々を過ごしていたが、エレクが13、4歳になるころには、心も体も成長し、自分には勇者になれるような才能は無い事がわかり、せめてその才能のある人の為に剣を打つ事ができればいいと考えるようになっていた。
その想いを両親に伝えたとき、父親は涙ぐみながら何も言わずに無骨な手で頭をやさしくなでてくれた。
もっとも、本人は
「泣いてなんかない!」
と言い張っていたが、その様子を見て母親と二人でお腹をかかえて笑った。
そんな事を思い出しながら歩いていると、あっというまに街の中にある自分の店に到着した。
ここは、ノーブルの城下町。
規模はそれほど大きくないが、人の出入りの激しい活気のある町だ。
到着するなり、エレクは商品を並べ、ひときわ「良い場所」に自分の打った剣をおいて、
客を呼び込み始めた。
程なくして、一人の体格の良い男が商品を見に来た。
「いらっしゃいませ。こちら昨日打ちあがったばかりの剣ですよ。」
と、早速エレクは自分の物を紹介した。
男は剣を手に取りう〜ん・・・とうなると、剣を置き
「あの奥のヤツを見せてくれ」
といった。
エレクが肩を落としていると、
「だめなのかい?」
と聞かれ、ハッっと我に返って
「そんなことはないです。どうぞご覧ください」
剣を差し出した。
男は目を細めて満足げな表情を見せると
「この店はやはり良い物を置いてあるな。ではこれを一振り頂こう」
と、剣を買いゆっくりと去っていった。
エレクは
「そんなにすぐに売れるわけないか・・・」
と呟くと、気を取り直して客を再び呼び込み始めた。
それから数時間がたち、陽もすっかり傾いてまわりの商店が店を片付け始めた。
結局一日かけて、数本売れはしたがエレクの打った剣は売れずじまいだった。
「昼に来た人は買ってくれそうだったんだけどなあ」
と空を見上げたとき、今日の成果を笑う父親の顔が浮かんだので、エレクは悔しい顔をしながらさっさと店を片付けた。
帰り道は、荷物が減って軽くなっているはずなのに、朝よりも足が重い感じがした。
あと少しで村が見える所まできたころ、陽はすっかり落ちて辺りは真っ暗になっていた。
「今日は遅くなってしまったな。早く帰って母さんの手料理を食べよう」
と、今日の食事を思い浮かべながら早足で歩き始めた。
しばらく歩くと、エレクは違和感を感じた。
普段この時間であれば、この位置からだと村は目を凝らしても見えづらいはずなのに、今日はやけに明るい。
エレクは嫌な予感がして、走り始めた。
だんだん村に近づくにつれて、その明かりが火だということがはっきりわかると重い荷物を背負っている事も忘れて全力で家に向かって走っていった。
村に入ると、目の端に見知っている人が倒れていたり、見たことの無い獣がよこたわっていたのが映ったが、足をとめずに家の前まで走った。
エレクの家は既に火に包まれていた。
「父さんっ!母さんっ!」
と叫ぶと同時に家は大きな音とともに潰れてしまった。
エレクがしばらく呆然としていると、どこからか金属音が聞こえてきた。
考えのまとまらない頭で反射的にそちらの方向に顔を向けると、2つの影が激しく動いていた。どうやら、人が『獣』と戦っているようだ。エレクは何が起きているのかわからない恐怖よりも生き残っている人がいるという事実に突き動かされ自然とそちらにかけだしていった。
少しはなれたところで恐怖心が湧き上がり、足が止まってしまった。次の瞬間2つの影が交差し、大きな咆哮と共に獣が倒れた。
おそるおそるエレクが近寄っていくと肩で息をしながらむこうから声をかけてきた。
「あんたは生き残ったんだね・・・おや?あんたは・・・」
話しかけてきたのはもはや返り血で元の色が判らなくなっている鎧を身にまとった女剣士だった。しかし、エレクには女剣士の知り合いもいなく、村人の知り合いでもなさそうだったので、反応に困っていると、
「まぁ、折角助かった命だ。せいぜい長生きしな。」
とその女剣士はクルリと背を向け歩き出した。
「なん・・・っと・・・早・・・くれなかったんだ」
エレクは唇を震わせながらいった。
「なんかいったかい?」
女剣士はエレクの方に体をむけた。
「何でもっと早く助けてくれなかったんだ!」
主人公は口にしてからしまったと思ったが、感情が昂ぶってもう止めることができなかった。
「あんたみたいに強い人ならこんなに犠牲が出る前に何とかできたはずだろ!そうすれば父さんや母さんだって助かったはずだったんだ!」
女剣士は大きくため息をつくと
「酷い言い様だね。確かに私がもう少し早くここに着いていればその可能性もあったかもしれないが、そこまで言われる筋合いはないよ。」
といいながら再び背をむけた。そして、
「あぁ、そうそう。今の状況に同情はするけど、私はあんたみたいに自分の不幸を他人のせいにするやつが大嫌いなんだよ。」
と言い残すと歩き去ってしまった。
「父さん・・・母さん・・・」
エレクはそう呟くとそのまま倒れこんでしまった。












どのくらい眠っていたんだろうか。
目が覚めるとあたりはうっすらと明るくなっていた。
エレクは体を起こし、生き残りがいないかどうか村の中を歩き始めた。
村の広場に来ると、昨日まではなかったお墓が何基もたっていた。
「これは・・・」
エレクが立ち尽くしていると
「ああ、やっと起きたのか。」
と聞き覚えのある声がした。声のするほうを見ると、昨日戦っていた女剣士だった。
「今やっと終わったところだよ。あのままにしておくわけにもいかないだろう。それに無防備な奴を放って行くほど冷たい人間じゃないしね。」
と、一方的に話した。
エレクは昨日の事を思い出すと、
「ありがとう。それと、ごめんなさい」
と深々と頭を下げながら言った。
「まあ、いいさ。昨日はあんなことがあったんだ。頭に血が上ってもおかしくないさ。それに私も少し言い過ぎたしね。お互い様だよ。」
と、体の埃をおとしながらいった。
「あんたはこれからどうするんだい?村がこの状態じゃここにそのまま暮らすってわけにも行かないだろう」
エレクは間を置いて、
「まだあまり考えられないけど、とりあえず街に行ってみようと思っています。」
と答えた。
「じゃあ、私も一緒に行こう。」
と、女剣士はマントを羽織ながら準備をした。
エレクはあわてて
「ちょっと待ってください。準備をしてきます」
と言い残して家の方に走り出した。
エレクは自分の家まで戻ると、置きっぱなしにしていた荷物を拾い上げると小さな声で
「それじゃあ、いってきます」
といって広場にむかって走り出した。
答えてくれる声が無いことがとても悲しかった。
エレクが広場に戻ると、女剣士は待ちくたびれたかのように立ち上がり、伸びをすると、
「さあ、行こうか」
といって歩き出した。
歩きながらエレクはふと思い出した。
「そういえば、昨日僕のことを知っているような口ぶりでしたが。」
女剣士は大きくため息をついて、
「あんた、やっぱり覚えてないのかい。こんなに美しい女性を覚えてないなんて見る目がないねえ。昨日の昼間に店に行っただろう。」
と大げさな身振りで話した。
エレクはしばらく考えると、
「あっ、僕の打った剣を買ってくれそうだった人だ。・・・男の人かと思った。」
言った直後に女剣士の拳が顔面に飛んできて、ゴンッという子気味良い音がした。
「まったく・・・、剣を見る目はあるみたいだけど人を見る目はまだまだみたいだねえ。そういえば、自己紹介がまだだったね。私の名前はレイア。レイア=ミクルっていうんだ。今度こそ忘れるんじゃないよエレク君。
今度は軽く頭をぽんぽんと叩かれた。
「レイアさんですね。忘れませんよ。痛かったし・・・。って、あれ僕名前教えましたっけ。」
エレクが不思議そうにしていると、
「まぁ、ちょうど街についたしその辺の話はご飯でも食べながらにしようじゃないか。もちろんあんたのおごりでね。」
レイアはずんずんと歩いていってしまった。




二人は一軒の酒場に入った。そこはなかなか賑わっているようで、空席はほとんどなかった。
レイアは席に着くと同時にどんどんと料理を注文していった。
エレクがあっけにとられて入り口でたっていると、早く座れとばかりにレイアが手招きしていた。
席に座り、一息つくと
「レイアさんそういえば・・・」
エレクが話しだそうとしたとき、
「はい、おまちどうさん。うちのオススメの料理だよ。今日もたくさん食べてきなよ。」
エレクの言葉を遮るように山のような料理が運ばれてきた。
レイアと店員は顔見知りのようで、二言三言話すと店員はカウンターの方へ戻っていった。
エレクは気を取り直して再び話しかけた。
「レイアさん、僕の名前を知っているようですが、それとなぜあの時村にいたんですか。」
それだけ聞くと、
「まぁそんなに慌てなくても。そうそう、このスープはこの店で特にオススメなんだ。」
と、いいながらスープを取り分け、食べ始めた。
確かにおなかが減っていることもあり、おいしそうな香りに負けてエレクも諦めたように食事を取り始めた。
「さっきの質問だけど・・・」
いくつかの皿を空にした時レイアが話し始めた。
「エレクのおやじさんとは、この剣を買ったときに知り合ってね。その時にたまたまエレクの話がでて、名前を知ったわけさ。」
レイアは剣を机の上に置いた。
確かにこの造りと銘はエレクの父親のものだった。
レイアは続けた。
「で、今回新しい剣を買うか、この剣を打ち直してもらおうとこの街にきたらおやじさんがいなかったから、ついでに村まで足を伸ばそうと思ったわけさ。」
ここで、レイアはコップに注がれた酒を2,3口飲んだ。
「村に着いたときには・・・エレクのしった通りさ。何とかしようとは思ったんだけど・・・」
そこまで話すと、レイアは申し訳なさそうに肩をおとした。
「そんな、僕もあの時は感情的になってレイアさんには酷い事をいってしまって。」
エレクも頭を下げてあやまった。
「それはもう気にしなくていいよ。それと、私の事は呼び捨てにしてもらってかまわない。話しづらいだろうし、こっちはとっくに呼び捨てだしね。」
ここまで話したところで、レイアは残った酒を飲み干した。
エレクも一口飲んだところでひとつ気になったことをきいた。
「レイアは・・・いくつなの。」
言い終わったところでレイアが
「それをレディに向かって聞くのかい」
と、いいながらこれみよがしに拳を作って見せたので、エレクはブンブンと首をふって
「なんでもないです」
というのが精一杯だった。


それからしばらくして、食事を終えた二人はレイアが泊まっているという宿へ向かった。
宿に向かう途中、エレクは
「レイアは明日からどうするの」
と聞くと
「私は、具体的にはきまってないが、準備が出来次第この街を出ていくよ。とある奴に返さないといけない借りがあるしね。」
そういいながら、険しい顔を見せると腰に携えている剣の柄を握り締めた。
「そういうエレクはどうするんだい。」
エレクは聞かれたとき正直とまどってしまった。具体的には何も決めていなかったのだ。
少し考えて、
「できれば・・・、レイアに着いて行くというのはだめかな。僕もこの借りは返したいんだ。」
そう話すと、
レイアは真剣な眼差しでエレクを真っ直ぐ見据え、
「言うほど簡単なことじゃないんだ。命を落とすことだってありえる。それにエレクには父親から受け継いだ鍛冶屋としての才能もある。
それを投げ出してもいいという覚悟はあるのかい。」
エレクは真っ直ぐにレイアをみると、力強く
「はい」
とだけこたえた。
「そう。でも条件がある。まずはその大荷物を売ってお金に換えること。そんなに荷物を持っていたら簡単に移動もできないし、旅にはお金が必要だ。」
とレイアが笑顔でいったので、
それを聞いてエレクは黙ってうなずいた。
「それと、もうひとつ・・・昨日見せてもらった剣を譲ってくれ。」
その言葉を聞いてエレクは驚いて、言った。
「この剣は僕が始めて打ったやつで・・・」
その言葉をさえぎるように
「言っただろう。エレクには才能がある。安心しなって。こう見えても私は見る目があるんだ。エレク君とは違ってね。」
といいながらレイアはおどけてみせた。
そこまで話したところでちょうど宿の前まで到着した。
「じゃぁ、明日はまずその荷物をうらないとね。私も手伝うし、秘策もあるから」
と、レイアはニヤリと笑った。
エレクはその表情に不安を覚えながら部屋を取り、レイアと分かれて
部屋に入った。
部屋の中は多少古くはあるが、掃除が行き届いているようで、一晩眠るには申し分ない所だった。
エレクは荷物を部屋の隅に置き、ベッドにもぐりこむと、疲れていたのかすぐに眠ってしまった。

TOPページへ 第一幕へ

inserted by FC2 system