エレクとレイアは森の中を歩いていた。
城を後にして数時間、城の北にあるという街に向かって進み、その途中にある森を進むことになっていた。
少々あるきづらいものの、程よく陽の光が差し込んでくるため、順調に歩を進めていた。
「そろそろ一度休憩しよう。」
レイアは川の近くで腰を下ろすのにちょうどいい岩を見つけると、そこに腰を下ろした。
それを見たエレクはきょろきょろとあたりを見回し、こちらも座るのにはちょうど良い岩をみつけ、そこに腰掛けようとした。
しかし、
「何してるんだい?」
とレイアが言ったので、エレクは中腰でとまってしまった。
「なにをしてるって、座ろうと思っただけだけど」
エレクがそう言うと、レイアは大仰に首を振って、
「休憩するのに食料が必要だろう。エレクまですわってどうするんだい。」
と言い放った。
それを聞いたエレクは
「レイアは座ってるけど」
と反論したが、
「食料を調達するのは男の子の役目だろう。もしかしてレディにそんな野蛮なことをさせる気かい」
とレイアが笑顔で言い返した。
目が笑っていないその笑顔を見て、エレクは休憩するのをあきらめて、獲物を探しにいくことにした。
後ろから
「いってらっしゃーい」
という声が聞こえたので振り返るとレイアが大きくてを振っているのが見えた。それを見たエレクは大きくため息をつくと肩を落として獲物探しにでかけた。
エレクは歩いているときに子供のころの事をおもいだしていた。
『あの頃はよく父さんと狩りにでかけていたな。獲物を捕まえて家に帰ると母さんが料理して・・・』
そんなことを思い出しているとき、奥からガサガサという音がしたので、慌てて身を低くしそちらを伺った。
そこには大きな鹿が歩いていた。
それを見たエレクは
『あの大きさならレイアの胃も満たされるだろう』
と、慎重にその距離を詰めていった。
出来るだけ足音を立てないように気をつけ、残り10メートル程の距離に近づいたとき、奥の草むらから鹿と同じくらいの大きさの黒い影が飛び出してきた。
それは鹿の首筋に噛み付くと、あっという間に仕留めてしまった。
その黒い影が何なのかわかったとき、エレクは手のひらにじっとりと汗をかき、鼓動が早くなった。
ソレは村を襲っていた『獣』だった。
エレクは思わず叫びながら剣を構えて草むらから飛び出してしまった。
エレクには実戦経験はなく、やっていたことといえば子供のころに剣を振っていたという事と、父親について狩りをしていたぐらいだった。
その為に、勢いで獣の前に出て剣を構えるまでは良かったがそこから動くことができなくなってしまった。
その様子を見て、獣は牙を剥き腹に響くような低いうなり声をあげながらジリジリと間合いをつめてくる。
『このままではやられる』
エレクはそう考え、一気に獣との間合いを詰めて剣を振り下ろした。
すると意外にもエレクがイメージした通りに剣先は相手の頭に一直線にめがけていった。
『これなら相手を倒せる』
とエレクが気を抜いた瞬間、
「キンッ」
という音と同時に手に握られていたはずの剣は宙を舞っていた。
獣はその強靭な前足で剣を弾き飛ばしたのだった。
エレクは剣を弾き飛ばされたときの衝撃で腕が痺れ、身体は恐怖につつまれていた。
震えながらもゆっくりと後ずさりをし、少し間をあけてから振り返っていっきに逃げ出した。
「うわあああああ」
気がついた時にはエレク自身信じられないような情けない声をあげていた。
しかし今はそんな事はどうでもよかった。どうにかしてここから逃げなければならない。
走りながら後ろを振り返ると獣は間合いを詰めるでも離れるでもなくぴったりと後をつけてくる。
おそらく獲物が走りつかれるのを待っているのだろう。
「クソッ」
エレクは2,3分程走り続け、悪態をつくほどには冷静にはなれたが、足はそろそろ限界に近づいていた。
ただ、足の疲れが限界にくるよりも速く終わりがやってきた。
エレクは木の根に躓いて前のめりに転んでしまったのである。
その瞬間を獣が見逃してくれるはずもなく、背中側に両手足を押さえつけられる形で乗られてしまった。
エレクの首筋に生暖かいものが流れる。
ソレはとても生臭くドロリとしていた。獣は狩りの邪魔をされたもののやっとありついた粋のいい「獲物」を
何処から齧ってやろうかとじっくりと見定めているようだった。
『やめろ・・・ヤメロ・・・ヤメろ・・・やめてくれ』
エレクは必死に祈りながらも半分はすでに諦めていた。
獣はいよいよ噛み砕く場所を決め、口を大きく開いた。
それを背中で感じながらエレクが完全に諦め体の力を抜いた瞬間
「ギャンッ」
という声と共に身体が軽くなった。
その後すぐに、
「また随分と情けない顔をしてるねぇ。どうしたんだい」
という声が聞こえた。
そこには肩で息をするレイアの姿があった。
「私は食料を調達して来いといったのであって、食料になってこいとは言ってないよ」
と、レイアが獣からは目を離さずに、おどけた様子でいったがそれに言い返す元気はエレクには今はなかった。
「さて、うちの貴重な労働力を随分といためつけてくれたようだね。」
レイアは軽口を叩くものの、表情は真剣に真っ直ぐに獣に対して剣を構えていた。
エレクが獣の方に目をやると、刃渡り20センチほどの小刀が脇腹に刺さっている。
獣は傷をつけられているものの、それ以上に2度にもわたり食事を邪魔されたことに腹を立てているようで、
横腹に突き刺さった小刀を口でくわえて抜くと、その小刀を首を振る勢いでレイアに向かって投げ飛ばした。
レイアは飛ばされた刀を自分の持つ剣で弾くと、また真っ直ぐに獣に向かって身構えた。
獣はジワジワとレイアとの距離をつめて歩いてきている。
それの姿をしっかりと捉えながら
「エレク、剣の使い方を良く見ておきな」
とレイアは力強く言った。
獣が10メートルほどの距離に近づいたとき、レイアの頭よりも高く飛び上がり一気に襲い掛かった。
「レイアッ」
とエレクが叫んだのとほぼ同時にレイアは獣に向かって走り出し飛び上がった獣の腹の下に入ると一気に剣を振り上げた。

獣は声をあげることもなくきられ、上半身と下半身がバラバラとレイアの背中側に落ちた。
ふぅっ・・・と一息吐くとレイアは
「わたしってばやっぱりつよーい」
と身体をクネクネとしながらうっとりした表情でいっている。
それを見ていたらエレクは身体から今まで支配していた恐怖が抜けていくのを感じた。

「ありがとう」

エレクがレイアにいうと、レイアは
「いいってことよ」
といいながら、エレクの頭をクシャクシャとなでた。
「さぁ、早く向こうの鹿を運んで頂戴。ご飯にしよう」
と今の戦闘がなかったかのようにさっさと歩いていってしまった。
「強くならないと」
エレクはそうつぶやくとレイアの後ろを小走りで追いかけていった。


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